父と食べたまんじゅう - penのお菓子日記

父と食べたまんじゅう

まんじゅうを英語で何と言うのか私に教えてくれたのは父です。これが子どもの私がふれた初めての英語(のようなもの)でした。

おまんじゅう イラスト


父は私が14歳のときに事故で突然亡くなりました。普通の勤め人だったので、平日の昼間は家にいなかったですし、家ではとても無口な人だったのであまり父と何かを話したという記憶がありません。

父について覚えていることは
・無口
・会社からいつも定時に帰ってくる。
・よく内職をしていた。
・プロ野球(中日ドラゴンズ)のファン
・お酒が一滴も飲めない。
・几帳面

ぐらいです。お酒が飲めないので仕事帰りにどこかで飲むということがなく、定時に帰ってきていたのだと思います。


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父は家に帰って母の内職を手伝ったり、自分で見つけてきた内職をよくしていました。商事会社に勤めており、文具を小売店に卸していたので、その関係で内職を回してもらっていたようです。

木でできたキーホルダーの穴にひとつひとつ鎖を通す内職をテレビのプロ野球の中継を見ながらしていました。あとは新聞紙をきっちり四隅をあわせて束にしてまとめていた姿も記憶にあります。

土曜日の午後、ライトバンに乗って近所の明道町にある文房具屋さんに何かを卸しに行くのによく連れて行ってもらいました。おみやげにその店のシールをもらうのが楽しみでした。

大変な子煩悩で、母によると赤ん坊の私と弟をいつもお風呂に入れてくれたのは父だったそうです。膝の上で爪を切ってもらったり、耳の掃除をしてもらったのは覚えています。

小さいときは一緒にお風呂に入り、身体を洗ってもらっていましたが、タオルで鼻がもげそうになるぐらいごしごし顔をこすられました。

小学校にあがるとき、お道具箱の中の細かいおはじきやら、数を数える練習用にたくさんあるプラスチックの小さなスティックひとつひとつに貼るシールに、名前を手書きして準備してくれたのは父です。

コーヒーが好きで、会社に行く前にいつもコーヒーを飲んでいました。なぜ知っているかというと、父はずっと金銭出納帳をつけていて、クセのある字で、晩帳面に万年筆でコーヒーとその値段を書いていたからです。

まじめな人でしたが、人付き合いがよいとは言えず、お正月に母方の親戚に行っても、すぐに帰ってしまいました。

家では無口なのに、ある時小学校の親同士の話し合いの場で別人のように発言していてびっくりしたことがあります。

よく考えると父の仕事は営業でしたので、昼間しゃべりすぎて、家で話をする気力がなかったのかもしれません。

お酒の飲めない父は甘党で、よく自分で箱入りのおまんじゅうを買ってきて食べていました。一度に、二つか三つぐらいは食べていたでしょうか?

納屋橋まんじゅうや常用まんじゅうみたいなのを一緒に食べました。ある時父が「まんじゅうは英語で何て言うのか知ってるか?」と小学生の私と弟に聞きました。

英語が何であるかもあまりよく知らなかったのに、いきなりまんじゅうを英語で言えるわけがありません。知らないと答えたら「オストアンデル」と言うんだよ、と教えてくれました。

私と弟はしばらくまんじゅうを英語で「オストアンデル」と呼びながら、おやつに食べていました。「ああ、オストアンデルおいしいね」とかなんとか。

かなり長いあいだ、まんじゅうを「オストアンデル」だと思っていましたが、あとになってこれは「押すと餡出る」という冗談だと気づきました。

父の冗談で覚えているのは後にも先にもこれ一つだけです。

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2013-02-08 23:56 | Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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